被災経験に基づく、自然災害に備えて養護教諭にできること~課題・指標の可視化とチェックリストの活用~

2023年秋、千葉県君津市の養護教諭の皆さんによる研究事業のお手伝いをさせていただきました。これまでに筆者が関わってきた各地の養護教諭の取り組みや調査を踏まえ、実際に被災された学校・先生方による調査研究、各種の成果物に対するアドバイスなどを行いました。

本稿では、研究の流れや成果物、筆者からのコメントなどを整理して紹介します。本稿が養護教諭や関係の皆さまの対策を進める一助となることを願います。

本稿の内容及び資料の公開・提供等は、研究会の許可を得ています。

目次

研究課題の設定とアプローチ

本研究の主題は「自然災害に備えて養護教諭にできること~台風災害に備えた事前課題を検討する~」として設定されました。君津市内では2019年の台風15号で多数の被害があり、複数の学校で停電・断水のほか、ガラス飛散や倒木、浸水や雨漏りなどの被害が発生しました。

被災生活における児童生徒へのケアだけでなく、養護教諭自身も先が見えない、どうすればいいか分からないという状況が続いた、という教訓から本テーマが設定されました。

調査研究は以下のような流れで行われました。

  1. 被災学校(養護教諭)に対するアンケート調査と課題の抽出、整理
  2. 課題を踏まえ、既存資料等を基に初動から学校再開までの行動を確認する資料の作成

「避難所開設・運営時」ではなく、あくまで「被災直後~学校が再開するまで」という、多くの学校(被害はあるけど避難所になるほどではない)が直面する(した)場面を念頭に置いているのがポイントです。

どうしても災害による被害=学校の役割は避難所開設・運営、と考えてしまいがちですし、様々な先行調査研究や報告、書籍なども大きな被害を受けた地域・学校を前提としています。ですが、その周辺には本研究で想定している「避難所開設・運営までは至らないが、学校被害への初動対応や児童生徒等への中長期的なケアが必要」という多数の学校があったはずです。

そうした相対的に影響の小さかった災害対応の多くは、養護教諭を含む教職員、地域の方々、そして児童生徒含む被災された方々の「がんばり」によって対応が為されたものの、しっかりとした調査研究や対策対応の言語化、教訓に基づく資料化などに至っているケースが少ないと思われます。

本研究はそうした”空白の対応”に着目した点が実践的であり、また多くの学校や養護教諭の皆さんにその重要性をお伝えしたい点でもあります。

研究・成果の資料のポイントを確認

それでは、実際に研究過程で作成された各種資料や、成果物のポイントを確認します。

ライフラインと給食・弁当(水筒)の情報を確認

上記は研究に際して行われた台風時の状況調査シートです。被害の状況や休校期間、児童生徒への関わり、役に立った物品などについて確認しています。調査の結果から、休校期間等をまとめたものが、前項で紹介している学校運行状況です。学校再開にはライフラインの復旧、活動時間には給食の再開や弁当・水筒の持参(支援を含む)が影響していることが分かります。

特に弁当や水筒持参は児童生徒が居住している地域の被害状況や、家庭の状況に注意が必要です。家庭から持ってくることが難しい生徒もいます。急に「明日から弁当・水筒持参で」と言われても対応できない可能性があり、弁当・食事・日用品等の購入が可能かどうか(単純な可否ではなく、所要時間なども)も含めて、生徒の被害状況調査等での確認が必要です。

ライフラインと給食の再開に関する情報をいち早く確認しておくことが「学校再開」のポイントです。また、各地区の災害時の電力・水道情報、給食センター・近隣コンビニやスーパーなど物流(弁当・水筒等に関係)の情報はもちろん、児童生徒の家庭の状況について確認と対応も必要です。

担任経由でプリントを配布して行う統計的な調査だけでなく、特に被害が大きい地域に居住する生徒については担任や養護教諭が個別に対応・支援を検討するなども必要となります。そうした養護教諭・教職員が連携した活動については、次項で触れます。

学校再開までの動きは、項目の整理と優先順位を意識する

次に、学校再開までに具体的にどのような活動が必要とされたのかを確認ます。

ライフラインの停止=避難所の開設とはなりませんが、臨時休校~学校再開のためには、養護教諭として・教職員として、やらなければならないことがたくさん出てきます。以下の資料は調査の結果から整理された養護教諭が関わった活動です。

右上に記載のとおり、◎が養護教諭が主に関わったもの、○が教職員の一員として関わった・協力したものになります。ざっと見るだけで「養護教諭として主に関わった」活動と「教職員の一員として関わった」活動が、同じくらいの項目数であることが分かります。

○の活動には身体的に負担の大きい活動も含まれます。例えば「地域の方々と倒木の撤去」や「水の運搬」、「水が止まっている家庭への水道水の配布」などです。一方で「健康相談」や「検診延期の連絡」、「仮保健室の設置」などは養護教諭でなければできない活動もあります。

養護教諭は養護教諭として必要とされる業務を担いながら、他教職員と同等の災害対応業務も並行して担う可能性が高く、相対的に負担が大きくなることが懸念されます。負担の分散・軽減のためには、業務の洗い出しと優先順位付けがポイントです。

この点は筆者がこれまでの被災地支援や養護教諭の皆さんへの調査やヒアリング等でも確認している課題であり、管理職研修や安全教育担当者研修等で強調している点でもあります。下記の記事 で紹介しているアンケートでも、養護教諭の皆さんからの声などをまとめています。

災害時・緊急時には様々な業務が新たに発生し、学校全体として負担が大きくなるのはやむを得ない状況です。その中でも特に養護教諭は限られた人員で、児童生徒の心身に関わる多様かつ重要な業務に対応する必要があります。

「できることからやっていく」というのは災害対応で重要な考え方ですが、何でもかんでもやろうとすれば、負担は大きくなるばかりです。養護教諭として、教職員として、学校再開に向けてやらなければならない優先的な業務が何かを把握し、それをどのような手順で進めていけばいいかが整理されていれば、負担の分散と軽減につながります。

災害対応一覧表とチェックシートで、やるべきことを可視化

前述した筆者のアンケート調査でも養護教諭の意見として多く見受けられたのが「やれることはやっているけれど、本当にこれで良いのかどうか」という不安です。不安があるからこそ、できることからやろうという気持ちになり、ふとした時に「他にやるべきこと、できることがあったのでは…」と感じる、その繰り返しだったのではないかな、と思います。

不安を全て解消することはできませんが、やるべきことにある程度の線引をすることはできます。それが本研究の成果のひとつでもある「災害対応一覧表」と「災害対応チェックシート(発災直後~一週間、学校再開前)」です。

まず「災害対応一覧表」から紹介します。

縦軸に災害対策本部(学校全体)と保健・衛生関係、養護教諭自身の3つの項目があり、横軸で発生前の準備・発生直後から1週間、学校再開後の時間軸で分けられています。

筆者が知る限り、この一覧は被災した学校の再開に向けて必要な業務のほとんどが網羅されていると言えます。災害対応は青天井なので「あれも足りない、これも必要だ」と言い始めたらキリがありません。まずは本表記載の項目が対応できれば、概ね初動に支障はないと考えられます。特に養護教諭の皆さんにとっては指標になる一覧です。

「できることからやっている」という曖昧な行動から「やるべきことをやっている」という明確な行動へと移行するには、やるべきことが明確である必要があります。災害発生~学校再開前に必要な業務の指標の存在は、不安や悩みの軽減につながります。

「災害対応一覧表」で学校・教職員として、養護教諭として取り組むべき業務の洗い出しが概ねできました。次に必要となるのが優先順位付けです。そのヒントになるのが「災害対応チェックシート」です。

チェックシート記載の項目は、学校の災害対応業務のうち特に保健・衛生関係の業務がリスト化されています。あくまで「養護教諭が主体的に関わったほうがよい業務」のリストであって「養護教諭自身がやらなければならない業務」のリストではない、と筆者は考えています。

例えば環境衛生に関する項目などは、最低限のルールや条件だけ管理職等と相談して決めておき、細かな進め方などは他の教職員や児童生徒、PTA等にお任せするという対応も考えられます。

前述した一覧表と合わせてチェックリストを用いることで、優先業務が整理できますし、管理職・他教職員等との情報共有もしやすくなります。万が一、養護教諭自身や家族が被災して出勤できない場合や、他地区から応援に来た養護教諭等に引き継ぐ時も、どの項目をフォローしてもらえば良いか説明しやすくなります。

災害時の必要備蓄品は市区町村・学校の備えと並行して

最後にご紹介するのは災害時の必要備蓄品リストです。

保健室の備品として用意しておけるもの、市区町村の防災倉庫に入れるもの、学校としての備品など、一概に備蓄品と言っても扱いは様々です。また、通常業務で使用するものと、災害時に特に必要とされるものなどにも分かれます。

筆者が関わる施設等では「災害対応用ボックス」を用意しておき、特に災害時に使用する備品や書式などをピックアップして整理しています。薬品類等を除いて、必要な備品をまとめておくのは有効かと思います。

まとめ~養護教諭としての”責任感”に向き合いつつ、他も頼りながら対策を~

本研究内容は、2023年9月に行われた研究集会で発表され、意見交換なども行われました。意見交換の内容も大変興味深いものでしたが、皆さんの言葉の端々から感じられたのが「養護教諭としての責任感」でした。

今回の研究のきっかけは養護教諭の災害対応への不安や悩みですが、レポートではその背景として「過去の養護教諭の災害対応の教訓や資料などを活用できなかったこと、災害に対する意識の低下を認識した」ことが挙げられています。

個人的には教訓や資料が活用できなかったのは「被害の極めて大きい地域・学校での対応を前提とした災害の教訓が、今回の被害や対応とはマッチしなかった」のだと思いますが、そこを個々の意識と結びつけて捉えられていることからも、職務や役割に対する姿勢が感じられます。

一方で責任感は、負担感に直結する可能性があります。冷静に業務を整理し、他に頼れるところは頼ることも大切です。保健衛生に関する知識は皆さんに及ばなくても、周りの人にできることがあります。筆者自身、保健衛生の専門家でもないですが、お話を聞き一緒に考えることでお手伝いできることがありました。

研究集会の最後にお伝えしたコメントを要約して、本稿のまとめとします。

「養護教諭にできること」が明らかになったのは大きな成果です。でも僕はもう一歩先で考えてもらいたいことがあります。それは「養護教諭”のため”にできること」です。つまり、皆さんを支えるために、他教職員や児童生徒やPTA、地域住民に何ができるのかを、ぜひ本研究成果等を用いて校内で共有してください。

教職員・地域住民・PTAの協力を得ることはもちろんですが、諸々の活動では社会福祉協議会:社協(災害ボランティアセンター、被災数日後に社協等が設置するボランティア活動の拠点)と連携してボランティアの協力を得られると良いでしょう。災害対応で困ったら、ぜひ地元の社協に相談してみてください。

最後に改めてとなりますが、本研究の成果は多くの養護教諭が抱えるであろう、漠然とした不安や悩み、戸惑いに向き合い、より具体的な(身近な)対策・対応を探ったことだと思います。だからこそ、同じ養護教諭の方々には伝わりやすい、活用しやすい資料づくりへとつながっています。

ここまでお読みいただいた方で、関心をお持ちの方にはぜひ研究レポート、レポートに寄稿した筆者コメントも合わせてお読みいただきたいと思います。

ご希望の方は お問い合わせフォーム よりお知らせください。ただ、筆者から提供させていただくのは養護教諭の方に限定させていただきます。どうぞご了承ください。

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