保育園・幼稚園における防災対策や災害対応は、教職員の方だけでなく、筆者自身も含めて保育園や幼稚園に子どもを通わせている保護者にとっても大きな関心事です。本記事では筆者が担当させていただくことが多い保育園・幼稚園の初任者研修や管理職研修での内容をご紹介します。イメージトレーニングのプログラムは別記事でワークシートも用意していますので、各園での個別の研修等でもご活用いただければ幸いです。
研修内容の例
研修は次のような内容で行うことが多いです。本記事では一般的な研修の例をもとにご紹介します。
- 災害と防災対策の基本についての講義
- 東日本大震災当時の証言、映像資料
- 保育園・幼稚園の対策
- 防災教育訓練プログラムの体験
- イメージトレーニング
基礎と実例・イメージトレーニングの必要性
まずは前提となる基礎的な防災知識についてご紹介します。、災害(リスク)毎の対応方法と基本的な備え、都心南部直下地震をはじめとする地震災害の発生確率や風水害、火災についての知識などです。
続いて、東日本大震災当時の保育園の対応や当時の対応に関する映像を視聴いただき、被災された保護者の声などをご紹介しました。その後、園の防災マニュアルを見ながら現状の対策と要点を読み合わせます。
平時の防災教育訓練プログラムの代表的な例として『ぼうさいダック』や『シェイクアウト(いっせい防災訓練)の紹介・実践や、災害発生からの状況を時系列で考えるイメージトレーニングを実施します。
実際に映像や証言を見聞きしたり、体を動かして体験してみたり、具体的に想像する機会をつくることが重要だと考えています。特に初任者研修等では危機管理意識の醸成は重要なテーマのひとつになるかと思いますので、一方的な講義形式ではなく、体験的に納得していただきながら進めていくことが必要になります。
子どもたちの命を守るために
僕自身がやんちゃな男の子二人(注:執筆当時)と妻と暮らし、保育園にも通わせているのでよく分かりますが、保育園や幼稚園に子どもたちは自分で判断して行動する、大人のように迅速に行動することは困難です。地震にせよ大雨にせよ、慣れない環境で、怖くて、不安で動けなくなることもあるでしょう。
「自分で考えられるようになる」のも大事ですが、まずは園として、そして職員としての対策を講じることが先決です。大事なポイントを3つ、順を追ってご紹介します。
保育園・幼稚園の災害対策
保育園や幼稚園に限らず、防災対策はいきなり全部を行うことはできませんので、「段階的に行う」ことになります。ただ「段階的」と言っても、何から始めればいいのか分からない、何が必要なのか分からない、ということも少なくないと思います。よく僕が講義でも伝えていることですが『困難は分割せよ=あれもこれもと欲張らず、できることから少しずつ対応すること』です。大きく分けて3つの段階で必要な対策を確認します。
ステップ1 地域特性を知り、施設・設備の安全対策をする
まず第1段階はリスク認識とその対策です。つまり、地震や火災が怖い地域なのか、津波や土砂災害、水害が怖い地域なのか、避難場所まで園児を連れていけるのか、いけないのか、いけないとしたらどうするか、などを考えて必要な施設や設備の安全対策をすることです。
地震・津波対策
「耐震化・設備安全」というハード面での対策は、幼稚園や保育園にとって最低条件の災害対策と言えます。小さな子どもたちとはいえ「自分の身は自分で守るべき」というのは理想論としては分かるのですが、いきなりの地震に適切な安全行動がとれるかというと、教職員や保護者も含めて難しいかもしれません。そのような場合に、リスクを最小限に留めるために必要なのがハード面での対策です。
都市型災害として教訓の多い1995年の「阪神・淡路大震災」ですが、その犠牲者の多くは7割以上が建物の倒壊による窒息・圧死でした。特に、被害が集中してしまったのが昭和56年の耐震基準を満たさない建物でした。
こうした被害を受けて、平成7年12月に耐震改修促進法(建築物の耐震改修の促進に関する法律)が施行され、さらに東日本大震災を受けて、平成25年11月は改正施行、大型店舗や大規模商業施設などの耐震診断や報告が義務付けられています。平成25年に発表された都心南部直下地震の被害想定や、南海トラフ地震の被害想定においても、建物の倒壊による被害は深刻です。
逆に言えば『適切な耐震化・補強が為されていれば、被害を大きく軽減できる』ということです。一般家屋はもちろんですが、園舎も地域や場所によりかなりの老朽化が見受けられる場合もあります。耐震診断や補強などはされている場合がほとんどですが、室内の転倒防止対策などはなかなか進んでいないことも多いです。「あの時やっておけば」とならないよう、気がついたときに対策を講じておきましょう。
また、津波の危険性が指摘される地域では、園児全員を高台まで避難させるのが難しい環境もあるかもしれません。その場合も適切な耐震化を行ったうえで、屋上への避難を考慮するなども必要です。施設の状況によっては外階段の増設、屋上へのフェンス設置などが必要です。
風水害・土砂災害対策
まず地形・地理をよく確認しましょう。過去に水害や土砂災害が近隣で起きている場合は、避難経路に重なっていないかなどをチェックしておきます。そのうえで、早期避難が原則です。「水平避難=川や海、崖から離れる」だけでなく「垂直避難=頑丈な建物の2階以上に避難する」ことも大切な避難行動のひとつです。実際に園児を連れて見て回るのは大変ですので、地図を使った災害図上訓練などが効果的です。
などをチェック各園所在地のハザードマップをチェックしておくこと、必要に応じて保護者に対して説明しておくことも重要なポイントです(保護者が避難先となる公園・学校が記載されたハザードマップや防災マップをチェックしているとは限りませんので…)。
国土交通省が公開している ハザードマップポータルサイト では、全国の洪水や土砂災害のハザードマップを確認できます。
遊具の安全点検・対策
また、園には様々な遊具があります。これらの強度や老朽化、破損状況、基礎がしっかりしているかなどを定期的に確認しておくことも、平時の事故対策としても重要です。
ステップ2 子どもや職員に対する継続的・効果的な教育訓練
次に、効果的な継続的な防災教育訓練です。「効果的」というのは、例えば「毎月2回避難訓練をしています」といったことではなく、地震なのか、火災なのか、風水害なのか、避難行動以外にとるべき対応(園児や職員が帰宅困難で滞留・宿泊しなければならないときの対応)は何かなど、園の防災マニュアル等に基いてなるべく具体的に考えることが必要です。
子供向けには、各社から発行されている防災関係の絵本やビデオ、教材を使った防災教育を行います。安全行動の習得については、日本損害保険協会による『ぼうさいダック』が扱いやすく、僕はイベント等で園児・幼児向けに使ったり、保育士研修でも使わせていただいています。身近なところでは子どもが通っている保育園でも実施しました。
教材そのものが非常に安価ですので、園に一式あるといつもの避難訓練等に少しアレンジできて、子どもたちも楽しみながら安全行動を学べます。
ステップ3 マニュアルに基づく災害対策
最後にくるのがマニュアルに基づく災害対応です。「マニュアルに基づく」といことが重要です。災害対応は臨機応変だとよく言われますが、臨機応変にできるのは基本的な原理原則があってのことです。
ベースとなる判断根拠のない「臨機応変」は単なる「思いつきの行動」でしかありません。例えば、組織体制(指示命令系統)などは、園全体・職員全体(できれば保護者も含めて)共有しておく情報であり、マニュアル化しておくべきことです。
いざというときに「誰が決定権を持ち、どのように移行するのか」ということまで「臨機応変」にしてしまっては、現場の判断や対応が混乱してしまいます。臨機応変がダメ、という意味ではなくあくまで災害対応はマニュアルに基づき、教職員が一丸となって災害に対応することが前提となります。
イメージトレーニングの実践
マニュアルのチェックや災害対応をイメージするためのトレーニングには、下記の記事で紹介している教材が有効です。保育士向けのワークショップの資料(講義スライドや記入例等)は別途用意しておりますので、保育園・幼稚園関係者の方はお気軽にご相談ください。
具体的な災害想定のもと、時系列で対応を想像して書き出すことにより、管理職や教職員がマニュアルに基づいた対応ができるかどうか、実際の災害対応を想定した場合の抜け漏れがないかなどを確認することができます。
災害の場面を想像することは簡単なことではありませんが、状況設定をなるべく具体的にしておくと考えやすくなります。
まとめ
災害を引き起こす地震や台風などの「自然現象」は文字通り「自然」ですから、個々の人間の都合を考慮したりはしません。保育園児だから、幼稚園児だからといって、揺れを小さくするとか津波は来ないようにするとか「配慮」をしてもくれません。
ですが、私たちが暮らす「社会」は違います。自分の命を自分の判断で守ることに限りがある、小さな子どもが災害の犠牲とならないよう社会全体で対策を講じる、配慮することが人間社会においては可能ですし、またそのような社会にしていかなければならないと思います。
これから大規模地震が想定される地域はもちろんですが、風水害や土砂災害等は国内のいつ、どこで発生してもひとつでもおかしくありません。多くの園で効果的な災害対策や防災教育、教職員研修が積極的に行われることを願っています。
【参考になる資料】