2016年6月~7月にかけて、養護教諭の皆さまを対象とした災害対応・防災アンケート調査を実施しました。本稿ではその調査結果についてのご紹介と、回答から見えるこれからの課題や解決策についてご紹介します。
本稿は下記の雑誌誌面と連動しています。本記事単独でも必要な情報はご理解いただけるよう構成しておりますが、併せてご覧いただくとより詳しくご理解いただけます。同誌には本稿ではご紹介できていない、壁新聞やミニ授業用指導要領なども含まれています。
より具体的な対策などは 以下の記事 も併せてご確認ください。
2023年11月、被災校の養護教諭による皆さんの調査研究を踏まえたレポートを公開しました(現在確認作業のためロック中です)。
アンケート調査の概要
アンケート調査は養護教諭の皆様が災害に対しどのようなことを感じ、また課題に思っているか、そして養護教諭・学校は平時からどんな対策をしておくべきなのかを確認するために行いました。また、現場の皆様の意見をふまえて考えること、平時や災害時にはなかなか言い出せない、管理職や他教職員への「お願いごと」もぜひお聞かせいただくことも目的としています。調査結果は、養護教諭の皆さんが、そして学校現場が災害時に直面するであろう課題を具体的に解決するための備えに活かします。
アンケート設問と回答・結果の解説
アンケートは選択式が3問、記述式が3問の計6問で行いました。設問内容は以下のとおりです。
- あなたの所属校を教えてください。
- 避難所が開設されるような災害(巨大地震等)発生時、『養護教諭に”期待される”役割』は何だと思いますか。※複数回答可
- 避難所が開設されるような災害(巨大地震等)発生を想定したとき、『養護教諭として、特に心配なことや不安なこと』は何ですか。※複数回答可
- 避難所が開設されるような災害(巨大地震等)発生を想定したとき、他の教職員や管理職に『養護教諭としてお願いしたいことや、やめてほしいこと』はありますか。
- 『養護教諭として、災害に備えて特に知りたいこと、学びたいこと』などがあれば教えてください。
回答者の所属校
回答者の所属は小中学校で93.8%と多数を占めています。うち小学校62.5%ということですので「大規模災害時には避難所の開設・運営」が想定される学校に勤務する養護教諭の皆さまにご回答いただきました。高校や特別支援学校についても、地方公共団体との協定等によっては避難所や二次(福祉)避難所に指定されている場合もありますし、また「学校だから」という理由で近隣住民の方が避難してくる可能性もあります。
また、災害時の傷病者対応や心のケアは避難所の指定に関わらず、必要とされることも考えられます。避難所としての指定に関わらず、学校として、養護教諭としての備えは必要になるでしょう。
「学校=避難所」というイメージが強いのですが、何となく決まっているわけではなく「災害対策基本法」という法律に基づき市区町村長が指定し、都道府県知事に通知・公示されている場所を指します。なお、避難所の指定や運営については内閣府(防災担当)が詳細な調査報告書を公開しています。
◯ 避難所の運営に関する実態調査(市区町村アンケート調査)報告書(H27年3月).pdf|内閣府防災担当
県立学校等であったとしても「避難所」の指定は市区町村長により行われます。「うちは県立だから避難所運営は関係ないかな」と思っていたら、実は指定されていて対応する必要があった!なんてことにならないように管理職も含めて避難所の指定・運営について理解しておく必要があります。
養護教諭に期待されると思う役割
養護教諭自身が「どんな役割を期待されると思うか」ということについてご回答いただきました。児童生徒の体調管理や心のケアについて期待される、と感じていることはもちろんですが、次いで高かったのは「教職員の体調管理、心のケア」と「避難所の衛生管理及び感染症対策」です。
養護教諭自身は、児童生徒だけでなく教職員の心身のケアも期待されている、と感じていることが分かりました。
平時から教職員のメンタルヘルスなどに関われるケースも多いので、こうした結果につながっているのだと思われます。一方で「避難所の運営全般」について期待されていると感じている養護教諭はわずかでした。
養護教諭は、心身のケアや衛生管理など特定分野に専念し、運営全般は他教職員や管理職、避難者自身に任せるほうが良いと感じていることが分かりました。
筆者は避難所運営訓練や研修等で避難所における「機能」と「役割」というお話をさせていただくことがあります。ここで言う「機能」とはその学校、避難所として行うべき作業を指します。そして「役割」とはある人に与えられた、行うべき作業のことです。
例えば「衛生管理」は避難所の機能です。ですが、一言で「衛生管理」と言っても、トイレのこと、ペットの管理、食事、感染防止や消毒など様々な作業があります。全てを養護教諭だけで管理することはできません。避難所として「衛生管理」という「機能」を果たすために、どのような作業が必要か、それを誰が実行し、管理監督するのかを整理していくために定めるのが「役割」です。
前述の「児童生徒の体調管理や心のケア」という「役割」は、避難所・被災地全体で見ていけば「避難者の体調管理や心のケア」という機能になります。そう考えると学校(養護教諭)=避難所だけでどうにかなる「機能」ではないことが分かります。養護教諭の負担を減らすためにも、近隣の医療機関やクリニック等と連携し「児童生徒(教職員)以外の避難者の体調管理や心のケア」は誰の「役割」なのか、ということを地域全体で考えていく必要があります。
避難所を開設・運営する場合は「機能」と「役割」を明確に
養護教諭として特に不安なこと、心配なこと
家族の安否や自分の心の状態に不安があることが分かりました(聞くまでもないことなのかもしれませんが…)。
次いで学校全体の備えや保健室の備えや自分、児童生徒、教職員のケガや体調不良と続きます。これらの回答は養護教諭だから、ということではなく教職員の方々に共通する心配や不安ではないでしょうか。
つまり「養護教諭だからといって、家族の安否や心の不安を無視していいということにはならない」ということです。もちろん、管理職も含めた全教職員にも共通して言えることです。家族の安否がはっきりしなければ、精神的にも大きな負担となるでしょう。そのようや状況で、不慣れな災害対応を続ければいずれ心身に影響が出てしまいます。養護教諭、教職員、管理職自身の負担を減らすためには「家庭の防災対策」も極めて重要です。
管理職や養護教諭が、遠方から勤務校へ出勤している場合もあります。土日祝日や勤務時間外の場合、そもそも学校に出勤できない可能性があります。家族や自宅が被害を受けるなどして、管理職や養護教諭が勤務校に留まり続けられない場合もあります。そのような場合、前述した「役割」は誰かが代替しなければなりません。
養護教諭の「役割」を代替してもらうためには、事前に保健衛生に関する「機能」の周知や共有が必要
学校関係者(教職員や養護教諭だけでなく、PTAや学校支援ボランティア、自主防災組織や避難所運営協議会などを含む)は、こうした事前に想定され得る課題については下記に紹介する教材などを使って、なるべく具体的に洗い出しておき、対策を講じておくことが求められます。
具体的な対策として「役割」は必ず複数人体制で行う、地域住民やPTAなど現実的な初動対応が可能な方々に、一定の責任と権限(一部施設の解錠など)を与えるなどが考えられます。「責任・権限を持つ人物が不在の場合は誰に、どうやってその責任・権限を振り分けるか」、そして「どうすれば災害対応業務に支障が出ないか」などをシミュレーションしておくと良いでしょう。
他教職員や管理職に養護教諭としてお願いしたいこと、やめて欲しいこと[回答:19件]
たくさんの、かつ具体的なご意見をいただきました。特に注目すべきご意見についてはマーカーを付記しました。事前の情報共有や取り決め、意思決定、役割の明確化、養護教諭を含む教職員への配慮などが主な意見として挙げられました。
「言い合うだけで決断しないこと」というご意見は、被災地での現場対応を経験した者としては強く共感するところですし、恐らく普段から同様の課題を感じられているのかな…と思いました。これらのご意見は大変貴重なものです。このまま放置すれば、養護教諭はもちろん、結果として避難所、学校・家庭・地域の課題へとつながることは間違いありません。
問題が噴出してから解決策を考えるか。それとも、課題の芽を摘むために、今から備えるか。学校関係者の方々にはぜひ真剣に考えていただきたいと思います。
- 医療行為を求めないでほしい。 なんでも屋として扱わないでほしい。
- 養護教諭だからといって、地域の住民の健康管理やメンタルヘルスに関する相談を担わせないでほしい(応急手当ならば、一般市民より知識や技術はあると思うので可能)。養護教諭は、毎日接してる生徒や教師に対する健康管理や健康相談は可能だと思うが、一般市民の健康状態について適切な判断はできない。
- 一人職ではありますが、養護教諭にも交代要員を設定して欲しいです(保健主事など)。
- 管理職の一存で、学校組織をそのまま避難運営の軸にしないでほしい。
- 保健室は開放しないで欲しい。感染症対策については、常に連携をとりたい。
- 言い合うだけで決断しないこと(はやめてほしい)。
- 自分の家族の状況を理解したうえで、出来ることをさせて欲しい。
- 衛生管理、臨時対応がいつでもどこでも完璧にできると思われること。協力、力合わせがないとできません。
- 養護教諭に丸投げしないでほしい。協力して欲しい。
- 養護教諭1人に保健関係はすべてお任せというのはやめてほしい。普段から、災害時の対応について関心をもっていてほしい。
- 応急処置やトリアージはひとりだけではできないので、積極的に手伝ってほしいと思います。
- 養護教諭ばかりにたよりすぎない。
- 教職員はまじめな人が多いため、本人が疲れ果ててしまわないようにしてほしい。管理職は教職員もそれぞれ家庭や事情があるので、配慮してほしい。安請け合いはしないでほしい。
- まかせっきりにしてほしくないです。
- トイレを使用禁止にする。嘔吐物セットが必要、そして使い方のマニュアル。救急処置セットでは不足するほどのケガがあった時の対応など。
- 事前に話し合って、決めておくことの大切さやその必要性について同じ認識をもってもらいたい。
- 養護護教諭だから、全てのケガや病気の対応を頼んでくるのはやめてほしい。災害時等の緊急時にも同じようになると、とても大変になる。
- 24時間対応できることは不可能であるので、休養させてもらえる配慮がほしい。
- 保健室内の医薬品を使いたい気持ちも分かるが…何でも使ってしまうと、本当に必要な時に使えない(なくなる)と困る。
「災害時」という特殊な状況が、日常生活の習慣性にどこまで影響を与えるかについては個人差があります。経験則でしかなく、また気の抜けた表現で恐縮ですが「いつもそんな感じだった人は、災害が起きてもそんな感じ」というのが個人的な考え方です。災害が起きたからといって、急に人が変わるようなことは少ないです(ないわけではない)。
普段、意思決定に時間がかかる人、組織の場合は災害が起きたとしても時間がかかると考えたほうがよいでしょう。
日常の業務の合間にも「災害時ならどうだろうか」と考えることも重要
いつもの会議なら「保留で」という結論もアリかもしれませんが、災害時の決断においてはよほどのことでない限り「保留」はありません。議論がまとまらない時は「これはYESですか、NOですか」というシンプルな問いにして具体的な行動へと結びつけるようにします。
シミュレーションなどで「これは意見が分かれそうだな」という課題が見つかったら、予めルール化するなどして無用な議論の時間を省けるようにしておくと、いざというときの負担は大きく軽減されます。ルールづくり、作成したルールの検証には下記の教材が役立ちます。
養護教諭として、災害に備えて特に知りたいこと、学びたいこと[回答:19件]
保健室が果たすべき”機能”や養護教諭の”役割”についてや、トイレのことについてのご意見がありました。トイレについては、筆者が研修でお話した後の回答も含まれていますので、そのことが影響した可能性もあります。
ボランティアとの連携や、コーディネート力など現実的に重要なキーワードも出てきました。筆者としては災害ボランティアとのつながりも積極的に皆さんにお伝えしていきたいところです。
- 今の自分にできること。
- 避難所になった時、保健室はどのように使用されるのか?避難所になった時も、養護教諭は保健室に常駐するのか?それとも、医師などの医療関係者が常駐する場所になるのか?
- 災害発生時に役に立った保健室の備品や消耗品を具体的に知りたいです。また、災害時の養護教諭の勤務体制はどうだったのか実際のところを知りたいです。各校に1人配置がほとんどで、お子さんがいる、家族がいる等様々事情はあると思います。教諭のように交代制で、とはなかなかいかないのでは…と感じています。
- 分刻みで、どう動くことがベストか知りたい。
- 自分の生活圏避難所での動き方。きっと避難所では一市民となるので、日頃の仕事をどのように活かしたらよいのか。人によっては、一市民なのに出しゃばると反感を買うかもという心配がある。
- くり返しの学習。
- 防災職員としてきた人やボランティアの人々との連携の仕方。
- 児童生徒以外の健康管理や配慮どうしたらよいのか。
- 最低限どんな備えをしておけば、初動時に困らないか。
- 自分の勤務先の緊急時の部屋の割り振り。
- トイレについて。
- トイレをどうすればいいのか。
- 市(自校)の避難所対策がどのようになっているか知っておきたいです。
- 災害時のコーディネートの力。
- トイレにビニール袋や新聞紙を使った簡易トイレの作り方がとても良いと思いました。
- トイレの使用の仕方(水で流す、穴をほるなど)。自分の学校が避難所になる場合、どこに何を設置すべきか。
- 感染症の予防方法(物資がない場合どうすればよいか)。トイレの対応、使用しないでといっても難しいのでは。
- 災害時は、長い先の見えない日々が続き、自分が前向きに行動できるための心の安定がはかれる何かについて、アドバイスいただきたい。
- 何が必要か(物)。一次的、二次的。
最後に記載のあった「自分が前向きに行動できるための心の安定がはかれる何か」というのは、重要なキーワードだと思います。養護教諭の皆さんは、児童生徒にとってはまさにそのような存在なのではないかと思います。では、養護教諭自身にとって、前向きになれる・心の安定がはかれるものとは何でしょうか。
ある人にとっては「養護教諭としての責任感」かもしれません。あるいは「家族とのつながり」であったり「大切にしている宝物(なんでも)」かもしれません。”学ぶもの”というより”気付くもの”なのかもしれません。
…
ご意見にも出てきた、トイレのことや心のケアについては下記のサイトが参考になります。どちらも明るくて見やすいサイトですし、ダウンロードできる資料も豊富にあります。日々の保健教育などにもご活用いただけます。
災害時のトイレ事情をはじめ、様々な情報が分かりやすく整理されています。東日本大震災当時のトイレの状況を整理した冊子などもありますので、管理職や他教職員の方とシェアしていただくと意識啓発にもつながります。2016年8月発行養護教諭向け雑誌への原稿作成にあたって教材提供でご協力いただきました。
◯ ぷるす工房 子ども情報ステーション ダウンロード|ぷるすあるは
「ぷるすあるは」は、精神障がいやこころの不調、発達障がいをかかえた親とその子どもを応援しているNPO法人です。ぷるす工房というダウンロードサイトで、「こころをメンテするツール」や「コミュニケーションツール」などを公開されています。
普段から養護教諭の皆さんとのご縁もあるそうで、ご存知の方も多いかもしれません。こちらも2016年8月発行の養護教諭向け雑誌への原稿作成にあたって教材提供でご協力いただきました。
その他 自由なご意見、ご質問、感想[回答:9件]
- 災害時に学校が避難所になったら、家族は別の避難所にいても、自分は勤務校の避難所で働かなければならないのでしょうか?災害時に避難所で働くことは公務員として当然だと思いますが、できることならば、家族が避難する自宅近くの学校で働きたいです。
- 避難所になるどの学校でも、安心して次の生活に繋がるまで過ごせるような備品、体制の統一できるとよいです。
- 家族の安全を第一に考えたいので、勤務している学校での養護教諭としての活動は不可能かもしれない。
- 管理職の考えが知りたい。
- 家族の安否が分かるまでは何も手がつかないそうですが、無事だったら少しでも役に立てるよう頑張りたい
- トイレ問題は、必ずといっていいほど養護教諭にふりかかってくると思いますが、使用禁止にしたり、あふれかえったトイレをどうしたらよいか等、心配なことがたくさんあります。
- 一般教諭の動きを知りたいです。
- 備えておくこと、普段から考えておくことが、とても大切なんだと思います。
- 地震を身近に感じるこの頃です。学校が担う役割について、学校内で研修することが必要と強く感じました。
「できることならば、家族が避難する自宅近くの学校で働きたい」、「勤務している学校での養護教諭としての活動は不可能かもしれない」というご意見は、養護教諭・他の教職員問わず共通する課題です。
この課題については「機能」や「役割」を明確にして共有していくことが必要だと考えています。例えば「養護教諭として(その学校で)何をすべきか」が分かっていれば、必ずしも勤務校の養護教諭でなくても対応できます。実際に、平成28年熊本地震などでも全国各地から養護教諭の応援派遣が行われています。
養護教諭の皆さんのために、そして学校・家庭・地域の皆さんのためにも、養護教諭が災害対応、避難所運営等でどのような役割を担い、機能を果たすべきか考え、そして具体的に備えるための機会をなるべくたくさん作っていただければと思います。
課題解決に向けて ~お気軽にご相談ください~
本記事が養護教諭の皆さんの課題解決の一助になることを願っておりますが、僕が願っているだけでは課題は解決されません。もしご協力できることがあるのであれば、できる限りお手伝いさせていただきます。お問い合わせフォーム からお気軽にご相談ください。
謝辞
本稿作成にあたり、アンケート調査等でご協力いただきました皆さまに、心より御礼申し上げます。