聴覚障害者と支援者のための防災教育~共生社会における防災~

手話通訳者等派遣事務所からのご依頼で、「聴覚障害者と支援者のための防災教育-基礎編-」を担当させていただきました。今回実施させていただいた派遣事務所では、聴覚障害者・支援者(手話通訳・要約筆記の登録者、職員等)に向けた防災研修は初めてということで、聴覚障害を中心にしながらも、障害と防災全般に関わるような内容を中心に構成しました。

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内閣府や文部科学省が進める政策「共生社会」における防災をキーワードにしながら、講義内容について抜粋しながらご紹介します。共生社会の定義は、文部科学省のホームページから引用します。

○「共生社会」とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。

障害者施策だけを示すのではなく、子供・若者の育成支援、貧困対策、インターネット等情報利用の推進、バリアフリー、高齢者施策、定住外国人施策なども含んでいます。「共生社会における防災」、「インクルーシブ防災」は社会福祉士として、災害ボランティアとして、そして防災教育に関わる者として、ライフワークとしたいテーマのひとつです。

“最も積極的に取り組むべき重要な課題”として国が認識している、ということはそれだけ学校・施設・地域、そして被災地等の現場での課題があるということです。いきなり全てを解決することはできませんが、まず聴覚障害と共に生きる方、その家族・支援者の備えについて、本記事ではご紹介させていただきます。

災害の教訓と自助・共助・公助

これまでに発生した災害の事例から「自助・共助・公助」の考え方と、基本的な対策の必要性について映像資料を用いて具体的に例示しました。基礎編の内容は「自助」が中心であること、「共助」・「公助」についても触れること、ワークショップを通じてイメージトレーニングをすることなど、学習の流れについてご説明し、習得目標を示しました。

【自助】聴覚障害者本人、支援者が身に付けること
(1)災害による被害を受けないための基本的対策が分かる。

(2)個人の生命、生活、人生を守るための備えが分かる。
(3)支援があることを理解し、無理をしすぎず災害に対応できる。

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東日本大震災の教訓

東日本大震災では障害者と防災についてどのような課題があり、またどのように対応されているのかについてご紹介しました。特に聴覚障害の方は外見的に障害を持っていることが周囲に認知されにくいため、情報の取得・利用が他の方より遅れてしまうというケースがあります。

“必要な情報はすぐに手に入らない”ことを想定した学びと訓練を

聴覚障害者・支援者だけに限ったことではありませんが、災害発生時に必要な情報がすぐに手に入るとは限りません。情報がないからといって決断や行動を遅らせることができない場面もあります。また情報が手に入ってもそれが正しいかどうか分かりません。そうした場面で決断・行動の根拠になるのが「知識と経験」です。

「知識と経験」の習得には時間と労力(時にお金)をかけることが必要です。ただ、災害時の行動や備えについて、どれくらい時間と労力をかけられるかは個人差があります。「あれもこれも」ではなく過去の事例を紐解き、要点を整理します。

聴覚障害があることにより、情報の入手や行動に遅れが生じてしまう点について、すぐに解決するのは困難です。ただ自分や家族、支援者にとって「災害時に必要な情報とは何か」が分かっていれば、ほとんどの情報は予め把握することができます。例えば「逃げ遅れ」を防ぐためには気象情報アプリやハザードマップを予め知っておけば、すぐに行動できます。手話通訳者派遣事務所や災害ボランティアセンターについて知っておけば、困った時に相談できます。

各種研修会や学習会、具体的に災害時の状況を想定したイメージトレーニングや防災訓練を行うことで、いざという時、情報が入らない時でも冷静に行動できる「知識と経験」を身に付けることが重要です。

聴覚障害者・支援者が知っておくべきこと

前述した自助・共助・公助に基づき、聴覚障害者と支援者が最低限、知っておいたほうがよいことについて、下記の点をご紹介しました。

【公助】国や都道府県の役割
【共助】手話通訳者・派遣事務所の役割
【自助】本人・家族や身近な人の備え

本題である「自助」のお話に入る前に、「共助」特に主催者である手話通訳者派遣事務所、そして手話通訳者にどのような役割が求められるのかについてご紹介しました。また、全日本ろうあ連盟が様々な資料を公開しており、まだご覧になったことがないという方も多かったので、いくつか抜粋してご紹介しました。

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(例:聴覚障害があること、支援ができることを示すバンダナがある自治体も)

手話通訳者派遣事務所、市区町村、都道府県、国、そして全日本ろうあ連盟等がどのように災害に対応し、また備えているかについて理解しておくことで、いざという時の決断・行動の選択肢が増えていきます。詳しい内容については下記、全ろう連の資料をご覧ください。

市の「地域防災計画」についても該当箇所を説明しましたが、記載はわずかでした。行政・自治体としての対策や支援には限界があり、計画上からも改めて【自助】【共助】の必要性が分かります。

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(講義スライド:災害救援現地本部のイメージ)

聴覚障害者・支援者の自助の要点

本題である【自助】について、本記事で取り上げる要点は4つです。

避難所と福祉避難所

(指定)避難所、指定外避難所、避難場所、広域避難場所、指定緊急避難場所…災害が起きた場合に色々な場面で出てくる言葉です。多くの方が「災害が起きた、起きそう=避難所へ」というイメージがあるのですが、必ずしもそれが安全であるとは限りませんし、すぐに学校等(指定避難所等)へ行っても対応できない場合もあります。

まずは一般的に理解がしやすい点から入り、それぞれの言葉の意味や、事前に理解しておくことの大切さについてお伝えしました。福祉避難所や合理的配慮について、在宅避難の必要性についても併せてご紹介しました。

ハザードマップのチェック

避難所や福祉避難所に続いてご紹介したのがハザードマップです。防災(地震)ハザードマップと洪水ハザードマップの違い、インターネット上で閲覧できる地図やスマートフォンアプリなど様々な種類・媒体があります。聴覚障害者・支援者にとって、視覚で分かりやすくい情報は重要です。居住地や勤務先の地域特性を理解しておくことで、必要な情報が手に入らなくても安全な避難行動をとることができるようになります。

市の防災・洪水ハザードマップを比較して見ながら、予め想定できる危険や、いざという時の避難行動について確認しました。

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(例:杉並区の例。河川・内水はん濫想定、主要道路や路線、避難所、危険箇所等をチェック)

効果的な防災対策のポイント

「とりあえずこれだけは知ってほしい、考えて欲しい」という点を整理したポイントです。

①『生命』を守るために、耐震化・家具固定、ハザードマップ、災害情報をチェックしよう!
②『生活』を守るために、家族の特徴、個性に合わせた防災グッズを用意しておこう!
③『人生』を守るために、自分や家族のストレスケアについて理解しておこう!
④「もし、いま災害が起きたら…」をシミュレーションしておこう!

概要については下記の記事からも確認できますが、詳細をご希望の方には資料をご提供します。お気軽にお問い合わせください。

[clink url=”http://kenyamiyazaki.sakura.ne.jp/blog/archives/105″]

[clink url=”http://kenyamiyazaki.sakura.ne.jp/blog/archives/1241″]

生活再建について

被災してしまった場合の生活再建支援制度について、これまでの災害では「すまい」や「人と人とのつながり」が重要であること、り災証明書などの手続きについては時間がかかる場合があること、各種手続きは煩雑なので必要に応じて支援(手話通訳者派遣事務所や災害ボランティアセンター等)を受けることなどをご紹介しました。

映像資料「聴覚障害者の災害時に困ることって?」紹介

休憩時間中に、Youtubeから映像資料をご紹介させていただきました。ご覧になった方が少なかったということもあり、皆さん熱心に見入っておられました(休憩時間にならなかったですね…)。

演習:わが家の防災行動計画を立てよう

演習では「災害状況を想像してみよう」と「わが家の防災行動計画を立てよう」をご紹介しました。起きてからのことを考えるか、起きる前のことを考えるか、取り組んでみたい内容・テーマに併せて選択することができます。

「災害状況を想像してみよう」については別記事もご参照ください。

[clink url=”http://kenyamiyazaki.sakura.ne.jp/blog/archives/460″]

「わが家の防災行動計画を立てよう」では、台風の接近に伴い3日前頃から注意報・警報・特別警報や避難準備情報、避難勧告、避難指示が出た場合にどう行動するか、それまでに何を備えるかを時系列で考えます。こちらの教材はまだ別記事を作成できておりませんので、スライドのみ記載しておきます。詳しく知りたい方はお気軽にお問い合わせください。

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まとめ:環境がつくるバリアに向き合い、備える

僕自身は手話通訳者派遣事務所に登録されるような手話通訳者の方についていけるような手話技能は持ち合わせていません。なので研修中、特にグループワーク等で手話を使っていただくと、コミュニケーションがとれない、情報の入手や判断に困るのは、聴覚障害をお持ちで手話ができる方や手話通訳者の方ではなく、手話についての知識や経験・技能が少ない僕自身ということになります。

そうした環境のなかで研修や訓練を行おうとすれば、お互いに何とか情報を伝えよう、コミュニケーションしようと考えます。ホワイトボードを活用したり、資料をたくさん用意してページを指定したり、はっきりと分かりやすい言葉、表情を心がけたりします。それで伝わるとは限りませんが、研修・学習会、訓練の時点からそうした意識をもって取り組むことが必要だと考えています。

障害に関するバリアは「環境」が作り出します。そして、障害の有無に関わらず環境が変われば誰でも情報不足、経験不足、知識不足になるものです。様々な工夫で「環境がつくるバリア」を感じ取れるような、そして具体的な備えや対応をイメージできるような研修や訓練を実施することが「共生社会における防災」には重要なのだと思います。

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