これまで継続的に実施されている、法政大学の学生団体「チーム・オレンジ」企画・運営による防災キャンプが本年度も開催されました。
法政大学大学公式サイトでも活動報告が掲載されており、企画・運営側、参加者側の学生によるコメントも掲載されていますので、こちらもぜひご覧ください。
防災キャンプ(2021)では学生による企画、教職員やインストラクター協力によるさまざまな体験プログラムに加え、新たに発汗量や唾液アミラーゼ、アンケート等による健康への影響調査も行われました。筆者はこれまでと同様に、インストラクターとして導入講義や各種実技等をサポートをさせていただきました。
本稿では、防災キャンプの流れや各プログラムの要点等についてインストラクター側の視点でご紹介します。
大学構内における「都市型防災キャンプ」の役割
はじめに、どうして大学構内で防災キャンプを行う必要があるのか、そして学生主体の取り組みが必要であるのか、という点について整理しておきます。
考えなければならないのは「首都直下地震後の帰宅困難・滞留の難しさ」です。2011年の東北地方太平洋沖地震では首都圏ではライフラインに大きな影響はなく、当日夜~翌朝に帰宅できた方も多いのですが、首都直下地震では1週間程度、まったく身動きが取れないという可能性も想定されています。
こうした状況で、800万人とも言われる帰宅困難者が同時に徒歩や車両で移動すれば、混雑や集団心理に伴うトラブル、交通状況の悪化が予想されます。このため、東京都としても、また各大学や企業でも帰宅困難者となる学生・社員の滞留を想定した備蓄を進めており、慌てて帰宅しない・させない、という方針が出されています。
では「帰宅しない・させない」間、留まる学生はどうすればよいのでしょうか。一泊ならまだしも、3日間~1週間、非常食と毛布だけで過ごすという訳にはいきません。状況が落ち着いたら帰宅を促すことになりますが、遠方から通学する学生を、公共交通機関の再開なしに大学が帰宅させるというのはかなりのリスクが伴います。
また、多くの大学は「避難所」として指定されていませんので行政からの支援物資は基本的に来ません。従って数日間の備蓄が保つ間、学生が帰宅できるだけの余力を残しつつ、過ごせる環境を整える必要があります。
そのためには「大学としてどうするか」だけでなく「学生自身が主体的にどう判断し行動するか」も重要です。こうした大学と学生の連携を具体的なシミュレーションを通して学ぶ機会として、大学構内における防災キャンプは大切な役割を担っています。
下記の記事でも事例として紹介しています。あわせてご覧ください。
法政大学防災キャンプ2021の流れとポイント【1日目】
2021年度に実施された法政大学防災キャンプの流れと、各プログラムでのポイントをご紹介します。まず1日目です。
オリエンテーション・アイスブレイク
最初のプログラムはオリエンテーション・アイスブレイクとして、企画・運営側の学生・教職員から全体の趣旨説明などが行われました。その後、指定されたグループに別れて自己紹介や好きなものを紹介するなどアイスブレイクも行われました。
対面での授業や体験学習というのが久しぶりという学生さんも多かったようで、全体的に明るく活発な雰囲気でスタートしました。こうした空気は対面ならではだな、と改めて思います。
訓練中の通知や情報共有、後述する健康管理などの目的でLINEオープンチャット機能を使ったコミュニケーションについても紹介され、参加した学生・教職員、筆者も含めて参加しました。
導入講義、ロープワーク・ストレスチェック
続いて、筆者から導入講義として冒頭に述べたような帰宅困難時の対応等についてお話しました。
また、企画・運営側の学生さんからロープワークを体験したい、というご要望もあり、いくつかのロープワークも実施しました。使ったロープ(パラコード)はそのまま貸し出し、イベント中いつでも自由に使ってよいことにしました。ロープワークは改めて翌朝にきちんと行う時間も用意されています。
普段からロープやパラコードを持ち歩いている人はあまりいないと思いますが、シンプルなツールだからこそ、使い方は様々です。もう少し整理できたら「都市型防災キャンプ」ならではのロープワークなどもご紹介できたらと思います。
また、この時間を使って医学博士である教員の方により、専用機器や問診(GoogleフォームをLINEオープンチャットで共有、回答する)によるストレスチェックも行われました。キャンプ中や終了後のデータと比較して、構内での宿泊に伴う影響を調査するためです。これはとても貴重なデータで、今後の大学における帰宅困難者対策等の参考になるのではと思います。
避難行動、構内防災施設のチェック
教室から避難スペースとしてグループで移動(避難)します。移動しながら、構内のいろいろな防災設備について説明を受けるのですが、説明は企画・運営を担っている法政大学「チーム・オレンジ」のメンバーが担当しています。
大学構内を見て回ると、普段は見過ごしてしまうような場所に非常口・避難口があるなど、様々な発見があったようです。筆者も一緒に見て回り教えてもらいました。
避難行動要支援者対応、非常食準備
避難スペースまで移動した後は、避難行動要支援者への対応を想定した応急搬送訓練を行いました。担架とブルーシート担架、車椅子利用者の移動支援を体験しました。こちらでは筆者が実技指導を担当しました。
まずは担架搬送とブルーシート搬送から行い、続いて、車椅子での移動や搬送法について。
なお、車椅子での階段搬送は危険を伴うので、人を乗せない状態で昇降を体験してもらいました。代わりに車椅子に乗った状態で、段差に上がる(支えてもらって、前輪だけ段差に上げてみる)とどのように感じるかを体験してもらいました。
「怖い!」という声も聞こえてきましたが、車椅子に乗った状態ではほんの少し、前輪が上がるだけでもとても怖く感じます。これは実際に乗車してみないと分からない感覚です。「その感じを忘れずに、イザというときは車椅子の方の避難支援にも協力してほしい」ことを伝えました。
この間にチーム・オレンジのメンバーは食事の準備もしてくれていました。
食事
避難支援を体験した後は教室に移動し、食事の時間です。実際に大学に備蓄してあるものとは異なりますが、いろいろな非常食試食してもらおうという企画でした。夕食・朝食兼用なので「食べる量や内容は自分で判断してください」というアナウンスがポイントかなと思いました。
大学が帰宅支援物資を配布するとして「朝昼晩、毎食をひとりひとり小分けして配布する」としたら、大変な労力になります。実際にはかなり大雑把な配布にならざるを得ないかもしれません(自由に持っていってください方式など)。学生も職員も帰宅するために大学を離れるという選択肢もありますから、備蓄食料等をいつ、どのタイミングで、どこでとるかを自分の体力や今後の行動を想定して判断する力が求められます。
CPR/AED訓練+大学の防災対策、三角巾訓練
写真を撮っている余裕がなかったのですが、この時間では参加者が2つのグループに分かれ、交代で2つのプログラムを体験します。筆者は心肺蘇生法訓練とAED操法を担当しました。もうひとつは大学職員の方から、大学による備蓄や災害時のSNSの利用等について紹介がありました。その後は三角巾の使用法についての訓練も行われました。
大学の隣りには災害拠点病院として指定される東京逓信病院があるとはいえ、すぐに学内まで医療関係者が来てくれるわけではありません。傷病者のすぐ近くにいる学生や教職員が搬送法や応急手当について学ぶことで、救命率や社会復帰率の向上、症状の悪化防止につながります。
寝場所づくり、振り返り、体調チェック
1日目最後のプログラムは寝場所づくりですが、その間に冒頭に紹介した体調確認やストレスチェックも行われました。筆者も唾液アミラーゼによるストレスチェックや発汗量などを確認してもらいました。結果は「ややストレスあり」という状態でした。測定時点で22時近くで、朝8時から出勤して仕事していたことを考慮すれば、妥当なところかと思います。
寝場所づくりでは、感染症対策のため、広めの空間をとり、パーティションを設置しながら準備しました。実際に大学に備蓄されているエアマットや、体験用の段ボールベッド、毛布などの限られた資機材が配分されました。作業がひと段落したところで全体の振り返りが行われ、眠りにつきました。
筆者の寝場所はこちら(朝の写真)。他の皆さんには申し訳ないですがコットを使わせてもらいました。折りたたみ傘でを目隠しに、リュックを枕にしています。リュック枕はタオルでカバーしないとチャック部分に髪が挟まって痛い思いをすることがあるので要注意です。
また、窓を開放していたので蚊が入ってきていました。筆者は電池式の「虫よけ」も持っていたので気にならなかったのですが、蚊が気になって眠れなかった、という方もいました。都市型防災キャンプでも、虫よけは重要です。
法政大学防災キャンプ2021の流れとポイント【2日目】
ようやく2日目です。長文お読みいただきありがとうございます。2日目の朝、筆者は資機材を片づけているためプログラムには参加できませんでしたが、写真をご提供いただきましたので紹介します。
簡易トイレづくり
学内が断水していた場合、トイレをどうするかは深刻な課題です。なるべく早い段階で携帯トイレ(既存トイレにかぶせるタイプ)の設置・利用と廃棄手順などを整理しておかなければ、トイレの環境が悪化(トイレが山盛り状態など)することが想定されます。簡易トイレの併用なども必要になるかもしれません。
朝食、ロープワーク・防災グッズについて
就寝スペースである武道場・柔道場から教室へ移動し、朝食の時間です。その後にロープワークと非常持ち出し袋について学ぶプログラムが行われました。筆者は前日のロープワークに続いていくつかの結び方を紹介、実際に体験してもらいました。
非常持出袋についてはチーム・オレンジメンバーから紹介があったのち、筆者が持ち歩いているグッズについても紹介させてもらいました。詳しく知りたいという方がおられましたらこちらからお問い合わせください。
続いて、防災グッズづくりとして新聞紙スリッパや紙食器、牛乳パックで作るスプーン、キッチンペーパーマスクなどの体験が行われました。
防災グッズにもいろいろな種類がありますが、どのような場面で、どんな用途で使うかを意識して備えておくとよいでしょう。食事や水などの必需品以外で用意しておくべきものポイントは「日常的に使う頻度・必要性が高く、無ければ困るもの」です。例えば「ライト(灯り)」、「携帯トイレ」、「スマホ用のモバイルバッテリー」、「コンタクトレンズ(メガネ)」、「生理用品・痛み止め薬」などです。今なら「予備マスク」や「手指消毒液・除菌ウェットティッシュ」なども重要です。
なお、筆者は「手品グッズ」も入れています。避難所ではもちろんですが、イベントや小さな子が泣いているときなどにも役立った経験があるからです。ディズニーキャラクターのライトを取り付けて相談支援等に取り組む時もありました。笑ってくれる人はいても怒られたことはないです。ユーモアはいつでも忘れないようにしたいですね。
防災ワークショップ
最後のプログラムとして、大学生が直面する可能性がある場面を想定した設問について考える防災ワークショップが行われました。防災カードゲーム「クロスロード」をヒントにしたものですが、イザというときの対応について積極的な議論・意見交換が行われていました。
災害時の「決断」には様々な情報が必要です。筆者は冒頭の講義で「事実・伝聞・意見をしっかりと見極めることが重要」といったお話をさせてもらいました。これも経験則です。これまで経験してきたトラブルの原因のほとんどは、コミュニケーション・エラーによるもの(思い込みや誤解など)です。事実・伝聞・意見を意識することで、こうしたエラーを予防しやすくなります。重大な決断をしなければならないときほど、意識して欲しい点です。
全体振り返り、まとめ
最後に全体を通しての振り返り、まとめが行われました。筆者からも2日間を通してのコメントをさせていただきました。一度も経験したことがないのと、一度でも経験したことがあるのとでは、本当に厳しい場面に直面したときに大きく違ってくるものです。
一泊して自分はどのくらい疲れたか?眠れたか?お腹は空いていないか?スマホのバッテリー残量は?…etc
そのひとつひとつが、実際に被災したときに自分の行動を考える「指標」になります。
学生・教職員を守るために必要な備え
実際に体験しなければ分からないこともたくさんありますが、おおよその流れとポイントについてご紹介しました。
本稿を通じて考えていただきたいのは、学生・教職員を守るために本当に必要な備えとは何か、ということです。防災備蓄を用意すればいい、というのは手段であって目的ではありません。
水や食料は「帰宅困難で滞留している間にお腹が空いたり喉が乾いたりさせない」ための備えです。必須なのは間違いありませんが、小難しい制度や仕組みを抜きにして、とりあえず避難所へ駆け込めば餓死したり脱水症状で命を落とす可能性はほとんどないでしょう。
「大学から出た後はすべて自己責任」とするならば、備蓄がなくなるか対応ができなくなったら帰ってもらえば良いのですが、そう簡単な話でもありません。学生側からすると「じゃあ、どうすればいいのか」となってしまいます。
学生・教職員の生命・生活を守るという目的のために必要な備えのポイントは以下になります。なお、このポイントは「大学として」も「学生として」も同様です。
【1】滞留している間の安全・安心(トイレ・食事・寝場所)をどう確保するか。
【2】帰宅のタイミングや手段をどのように判断するか(災害情報確認)。
【3】帰宅した後の避難生活~学業再開までどうするか。
1,2は一般的な備えかもしれませんが、3を考えておかなければ防犯面や体調管理(栄養面や精神面など)で、リスクが高くなります。大学の防災対策としては「帰宅困難者対策」が注目されますが、それはあくまで応急的な対応の話であって、本質的な学生・教職員の安全安心には3についても想定することが必要です。
大学生向けの防災教育として重要なこの点については、現在進行中の別プロジェクトで検討している段階です。ある程度まとまってきたら、本ブログでもご紹介できればと思います。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。