本記事は2016年11月16日に中央大学多摩キャンパスで実施された講座のフォローアップ記事として作成しました。当日の講義内容についての概要をまとめています。教材や質疑応答の部分については別記事として作成予定です。
講座概要
講座は90分という限られた時間の中で3つのパートに分かれて行われました。以下は中央大学ホームページからの引用です。
◎講義1「防災ボランティアに役立つ!自助・共助・公助のキホン」
講師:宮崎賢哉 氏 (防災教育普及協会)
◎講義2「災害ボランティアに役立つ!被災された方の生活再建支援」
講師:高須大紀 氏 (災害救援ボランティア推進委員会)
◎講義3「災害時における公務員の役割~現場の声から」
講師:吉田敦紀 氏 (日野市防災安全課)
本記事では筆者が担当した部分について記載します。
講座資料
講座で配布・使用した資料は以下のとおりです。
中央大学公務員志望者向講座(2016)レジュメ.pdf
◯ 自助・共助・公助トランプゲーム指導スライド(本文で閲覧可)
講義「自助・共助・公助のキホン」
当日の講義はパワーポイントを使用せず、レジュメと板書にて行いました。本記事をご覧いただく方は、事前に上記リンクから講義レジュメをダウンロードしてご覧いただくと全体の流れが掴みやすいと思います。
災は忘れた頃に???
皆さんは寺田寅彦という方を知っていますか。戦前の物理学者であり、防災に関する様々な教訓、言葉を残していますが、特に有名な言葉(とされる)のひとつが『天災は忘れた頃にやってくる』というものです。寺田寅彦は1935年に亡くなっていますが、この事実と言葉は無関係ではありません。
人間は非常に忘れやすい生き物です。「エビングハウスの忘却曲線」という研究結果があります。人間が何かを一度覚えてから、もう一度思い出して覚え直す場合、時間が立てば立つほど難しくなるというものです。特にその覚える内容が(その人にとって)無意味な記号や数字であったり、接する機会が少ない情報である場合、覚え続けることも、思い出すことも難しくなります。
災害やその教訓を「自分にとって関係のあること」「身近なこと」として考えており、かつ「頻繁に接する」ような人は「天災を忘れる」ことはないかもしれませんが、多くの人にとってはそうではありません。正しい知識や教訓がテレビやインターネット、SNSがなかった時代、伝え続けること、記憶されることの難しさを寺田寅彦は忠告も兼ねて「天災は忘れた頃にやってくる」と表現したのかもしれません。
忘れる前にやってきていた”巨大地震”、戦争の怖さ
1940年台初頭、1,000名以上の方がなくなる巨大地震が4年連続で発生していました。1943年の鳥取地震、1944年の昭和東南海地震、1945年の三河地震、
戦時中の報道管制や戦後の様々な混乱の中に埋もれてしまった情報、記録、教訓。つまり、戦争は人の生命や生活を奪うだけでなく、災害の教訓や記録さえも奪ってしまう恐ろしいものです。こうしたことからも災害対応や防災対策は単なる「教訓」として語り継ぐ、自主的・応急的な活動として取り組まれるだけではなく、明文化・形式化された「法制度」の一部に組み込まれていかなければならないということが分かります。
自助・共助・公助の考え方を理解する
具体的な法制度の話に入る前に、日本国民にとって重要な「知恵」のひとつである『自助・共助・公助』についてご紹介します。それぞれの言葉の意味は読んで字のごとくですが『まずは自分の身や家族の安全は自分たちでまもり(自助)、隣近所や地域で助け合い(共助)、公の支援を待つ(公助)』という考え方です。
この考え方をより分かりやすく理解していただくために、講座では簡単なゲームを行いました。筆者が開発した演習プログラム『Disaster-Information&Communication-Exercise:災害情報収集伝達とコミュニケーション演習※っ関連記事参照』の概念を応用・簡略化した名付けて『自助・共助・公助体験トランプゲーム』です。
[blogcard url=”https://kenyamiyazaki.com/archives/250″]【教材】自助・共助・公助体験トランプゲーム
ルールは非常にシンプルです。人数としては5~6人から5~60人くらいまでが目安です。本記事では30名~40名程度で6班編成、学校の授業等を想定したルールを記載します。トランプの数を増やせば、より多くの人が同時に体験することができます。
但し、このゲームにおけるトランプは災害による『被害』や『復旧復興の過程』を示していますので、増えれば増えるほど大変になります。それも実際の災害と同様ですから、ハードな設定をご希望の方は倍くらいの数でやってみると良いでしょう。指導用スライドを『Slide Share』で公開していますので、必要に応じて指導の際にご利用ください。
また、本教材についての個別記事も作成していますので、併せてご覧いただければ幸いです。
[blogcard url=”https://kenyamiyazaki.com/archives/1436″]事前準備
トランプ × 5箱(100円ショップので充分)
- トランプは全ての箱の中身を出し、5箱分をシャッフルします。
- その後、ランダムに53枚ずつ(各マーク13枚の計52枚+ジョーカー1枚)で箱に入れます。
- 各箱から1枚ずつ適当に抜いておきます。これだけで準備完了です。
当日の進行とルール説明
(1)班編成する
- 箱数+1でつくる(今回は6班)、1班人数は大体同じ人数にします。
- 1つの班は『行政職員』役に指定します。
- 他の班は『住民』役です。トランプを箱のまま1班1箱渡してください。
(2)ルールを説明する
- ルールはひとつ。『カードを指定された順番に戻す』ことです。
- 混乱する状況を整理し、足りないカード、余るカードを調整し、元に戻していく作業を「被災から復旧・復興する過程」としてイメージします。
- 指定された順番とは『スペードのA.K.Q.J.10…2→ハートのA.K.Q.J.10…2→ダイヤ、クラブの2』の順番です。分かりにくいので上記スライドの8ページ目をご覧ください。
- 足りないカード(事前に5枚抜いたカード)はジョーカーで代用します。
- ジョーカーやカードは『全てバラバラな状態=被災直後の混乱状況』です。
- 『行政職員』役だけが「会場全体へのアナウンス=防災無線や広報車」ができます。
- 『住民』役は、他班への行き来や会話は自由ですが大声での指示はできません。
- 指示や全体の情報が欲しいときは『行政職員』役に頼むしかありません。
(3)制限時間を示してスタートする
- 制限時間は 10分間 です。
- この時点で参加者がイマイチ理解できていなくてもかまいません。
- とにかく「カードを指示通りの形に戻して持ってくる」よう伝えてください。
(4)終了とまとめ
- 全てのトランプが回収される、もしくはタイムアップになったら終了です。
- 以下のような事後指導をすることで「自助・共助・公助」の大切さを感じてもらいます。
ゲームの特徴と指導ポイント
このゲームのポイントは『行政職員』役の動きです。行政職員役はカードがありませんから、直後に何をするかでその後の対応が変わります。ただ、災害時にどこでどんな被害が出ているか、つまりどこの班にどのカードがあるか分からないという点では、住民と同じなのです。従って住民がいきなり「なんとかしてくれ」と言ってきたとしても、行政職員役もすぐには対応できません。
この状況と作業が『発災初期の状況、行政機能の低下』を示しています。
適切に対応するためには情報が必要ですが、その情報は『住民』役が自宅や周囲の被害を確認する、つまり手元のカードの過不足を確認することによって得られます。もしくは『行政職員』自ら地域に出て情報を集める、つまり各班に出向いてカードの情報を集めることが必要になります。
この状況と作業が『自助、まずは身近で情報収集と応急対応』の必要性と役割を示しています。
また、カードの過不足の調整を全体でやろうとすると混乱します。例えば「スペードの8はないか」と住民が探し回ったとします。3つの班をまわっても見つからないこともあります。なぜならカードはランダムですから、「隣の班がスペードの8を5枚持ってた」という状況もあり得るのです。こうした状況では、やたらに動き回るのではなく、隣近所との助け合う、つまり隣接する班と情報共有することが効率的です。
この状況と作業が『共助、隣近所や地域の情報共有・助け合い』の必要性を示しています。
隣の班と調整しても過不足があれば他の班にもカードを提供したり、受け取ったりしなければなりませんが、繰り返し述べているように、どのカードをどの班が多く持っているか、足りないかは分かりません。そこで重要になるのが『行政職員』役です。余ったカードや足りないカードの情報を行政職員役が把握できれば、全体にアナウンスをかけることで飛躍的に調整スピードが上がります。例えば『●●班にスペードの8がないので▼▼班のスペードの8を●●班に届けてください』という指示を出せば確実にカードを揃えていくことができます。
『行政職員』役に情報を提供する流れは、被災後の公的支援を受けるための様々な手続きをイメージしています。つまり「わが家(班)でこんな被害が出たから支援して欲しい」と伝えることです。ただ、その情報を伝えたからといってすぐに対応してもらえるとは限りません。ゲームでは「分かりました、すぐにやります」でも構わないのですが、実際は大変な時間がかかります。そこで必要になるのが、実際に支援を受けるために必要な「被害を受けていることを証明する」書類です。つまり、り災証明書や被災証明書の発行なのです。
この状況と作業が『公助、被災状況を確認してからの対応と、支援の手続き』の必要性と役割を示しています。
カードをスムーズに整理するためには全員の協力が必要です。『行政職員』役にとても強力なリーダーがいて、徹底的に指示を出したとしても、実際の整理作業にあたるのは参加者1人1人なのです。『住民』が非協力的だったり、指示を理解しなかったりしたら、作業は遅れてしまい時間内に完成できません。逆に1人1人が自分のこととして、自助、共助、あるいは公助の役割を理解して望めば時間内に完成させることは難しくありません。
事前指導と事後指導を含めても20分程度でできますので、防災講座や研修会のアイスブレイクとして実施していただくのもよろしいかと思います。
災害救助法について
ここからは関係法制度の説明ですが「法律や制度なんて面倒くさい、そんなの知らなくても何とかなる」と思われるかもしれません。ただ、前述したように法律や制度とは過去の災害の教訓や知見が集約された重要な「財産」なのです。何より公務員・行政機関は法令を遵守することが前提ですから、あらすじだけでも理解しておいて損はありません。
「災害救助」とありますが、被災地に必要な救助とは一体何でしょうか。法律上は10種類が定義されています。
ポイント:救助の種類
- 避難所、応急仮設住宅の設置
- 食品、飲料水の給与
- 被服、寝具等の給与
- 医療、助産
- 被災者の救出
- 住宅の応急修理
- 学用品の給与
- 埋葬
- 死体の捜索及び処理
- 住居又はその周辺の土石等の障害物の除去
また、これらの救助を行うにあたっての原則があります。『平等・必要即応・現物給付・現在地救助・職権救助』の5原則です。それぞれについての細かな解説は本記事では割愛しますが、最初の原則『平等』について少し補足しておきましょう。
ポイント:平等と公平の違い
『平等』と『公平』の違いとは何でしょうか。平等とは「全員が同じ」救助・支援が受けられることです。法律上、お金や権威のある無しで救助・支援に差があってはいけないという考え方です。ただ、筆者も経験がありますが「平等にはできない場面」も存在します。
例えば避難所で水を配布しようとしたら足りないことがわかった。でも配給の列には1歳半の乳幼児を連れたお腹の大きいお母さんがいる。「平等」に配ったら列の後方に並ぶそのお母さんに水は渡らない。「平等」にならないから水の配布を中止すべきか。そうではないですね。
「現在、水が不足しています。列に妊産婦さんや乳幼児をお連れの方がいれば優先します」というルールをアナウンスをしたとします。「平等」ではありませんが「妊産婦や乳幼児には水が必要であり、そのルールを他の人も守っている」ということが徹底されれば、列に並ぶ人も納得できます。それがルール下における『公平』という考え方です。嘘偽りでもらおうとする人がいるかもしれませんが…それは話が逸れるので別の機会とさせてください。
ポイント:救助に係る費用と柔軟な判断
平等にせよ公平にせよ救助を行うためにかかる費用があります。もし都道府県や市区町村が「お金がないから救助できません」となってしまったら大変です。都道府県が支弁する救助費用が一定額以上になった場合は税収に応じて国が負担します。
お金が発生する以上はいろいろな基準が必要です。限られた財源を効果的に使わなければならないわけですが、かといって杓子定規に判断するのも考えものです。そこで、救助法の適用基準や各種の支援は柔軟な判断が適用されるケースもあります。
広域避難者(被災都道府県から避難して他の都道府県に避難・居住する方)をどう支援するか、その経費はどうなるか。避難指示がなく自主的な避難であったら?仮設住宅ではなく民間の施設を借り上げる「みなし仮設」の予算は?帰宅困難者に救援物資を提供した民間施設の支出はどうなる?
防災担当部署だけでなく、土木建築・道路整備、環境、福祉など様々な部署が関わる課題です。本記事では細かく説明しませんが、講座である程度紹介しています。
災害対策基本法について
災害救助法の後に定められたのが災害対策基本法です。そのきっかけとなった災害が『伊勢湾台風』です。
伊勢湾台風は東海地方を中心に県をまたがって大きな被害を出しました。非常に多くの市町村に災害救助法が適用されましたが、市町村・県を越えた災害ということで、事務処理その他はじめ様々な対応に課題が出ました。
そうした教訓から、平時の防災対策や国・都道府県・市区町村の役割を明確にしておくために定められたのが災害対策基本法です。日本の防災対策の核となる法律です。国家・地方、消防警察自衛隊、いずれの公務に携わりたいと思っている方もぜひ一読していただきたい法律です。
ポイント:住民の責務とボランティアとの連携
災害対策基本法もいろいろと紹介したいことがたくさんあるのですが、本記事では住民の責務とボランティアとの連携について触れます。「防災は誰の責任か」と考えたとき、実は「住民の責務」ということが定められています。それは「自ら災害に備え、自発的に訓練に参加すること」です。法律上の責務として明記されているのですから、防災の責任の一部は私たち国民ひとりひとりにあるのです。
もちろん、国や都道府県、市区町村は防災計画を定め推進していかなければならないことも定められていますが「何でもかんでも行政の責任だ」というわけではないことが分かります。そのことは前述した「自助・共助・公助体験トランプゲーム」の部分でもご理解いただけているかと思います。
『自助・共助』の概念として比較的新しいのがボランティアとの連携です。第五条の三に以下のような文面があります。
(国及び地方公共団体とボランティアとの連携) 第五条の三 国及び地方公共団体は、ボランティアによる防災活動が災害時において果たす役割の重要性に鑑み、その自主性を尊重しつつ、ボランティアとの連携に努めなければならない。
努めなければならない、なので努力義務ですが行政とボランティアの連携が明文化されたということは、防災・災害ボランティアに関わる者にとっては大きな前進なのです。学生団体などで日頃から地域で活動している皆さんは、その活動が法律上も定められた重要な活動であることを知ってほしいと思います。
被災者生活再建支援制度について
筆者が勝手に「防災3法」と呼んでいる最後の1つが『被災者生活再建支援法』です。これは1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに生まれた法制度です。自宅等に被害を受けてしまった方を支援する国の仕組みとして生まれました。被災された方の「ゴール(目指すところ)」は一言では表せませんが、重要になるのが「生活再建」という言葉です。文字どおり「生活」が「再建」できたと感じられる、思える状態です。
ポイント:生活再建に必要なこと
では具体的に何がどうなったら「生活」が「再建」できたと感じられるのでしょうか。阪神・淡路大震災において行われた調査では『すまい』と『人と人とのつながり』が重要であるという結果が出ています。つまり、仮設住宅など「自分のすまいとして考えにくい」状況にいる間や「人と人とのつながりが以前のようになれない」状況では、”災害は続いている”と考えられるということです。
「すまい」の再建にはどうしても時間とお金がかかります。だからこそ『公助』、災害救助法や被災者生活再建支援法に基づく公的な支援が必要です。ですが、「人と人とのつながり」は、私たち一人一人の行動でより良いものにしていくことができます。むしろそれは法律や制度で定めたからといって、良くなるものではないのです。
大学が地域と関わるボランティア活動はもちろん、自らが被災してしまったときも、あるいはどこかに支援にいくときも「人と人とのつながり」をつくることが重要だということが、法制度の意味を含めてご理解いただけたでしょうか。
講義まとめ
筆者は法制度の専門家でもなければ公務員でもありません。ですが、阪神・淡路大震災から始まり、様々な被災地支援や復興支援活動に携わるなかで経験してきた現地の課題や教訓が、法制度の改正によって少しずつ良くなっていることを感じています。
まだまだ課題はあるかもしれませんが、繰り返し述べているように、法律や制度は人を縛り罰する部分もある以上に、人を守り、助けてくれるものでもあるのです。特に本記事で紹介した3つの法律は先人の教訓と知恵が盛り込まれており、何よりも被災された方、災害の犠牲となった方、その遺族の方の声なき声が含まれたとても意味深い法律だと思っています。
皆さんが公務員となったとき、もし災害が起きたらぜひそのことを思い出してください。部署や仕事に関係なく、何かできることがあるはずです。長文最後までお読みいただきありがとうございました。